クロトシロ |
+ひらり、と揺れる風を甘んじて受け止めることがない。鼻の辺りがむず痒いのを我慢して、 歩みを進めても、一向に視界は変わることもない。真っ黒な闇一色の世界だけが瞳に映し出されるのだ。 何故闇一色の中で何にもぶつかることなく進めるかということを、彼は全く分かっていないだろう。 ただ不可思議なだけだ、真っ暗闇の中で何にも阻まれないということが。 道というものには必ず終わりがある。入り口があれば出口があり、人工物ならば廃棄される。 生きとし生ける生物全ては死という終わりを迎えるものでしかない。それなのに、真っ暗な世界には終わりがなかったのだ。 少なくとも2日、もしかしたらもっと長く歩いている。しょせん彼は人間であるのだから、休息をとる時間や睡眠をとる時間は歩いてはいないが。 だからこそ、出口が見えないこと関しては彼は疑問を持ってはいまい。100kmやそこら歩いたとして、終らない道はたくさんある。 ただ不可思議な事象はひとつ。闇が、開けない。通常夏ならば7時頃、冬ならば5時ごろに空が暗くなり、早朝には明るくなるのだ。 けれどもそれがない。そんなことはありえないのに!ずっと、ずっと、延々と黒。世界は闇に浸されてる。 出口がどこかなどてんで分からぬ。闇もあけぬ。でも進むしかないのだ。どれ位の時間がたったろう、己の体内時計など彼はもう既に信じてはいない。 闇だけの世界では、日の満ち欠けで時間を見ることも叶わない。分かるのは、長い時間とい漠然な感覚だけ。 その感覚が長く長く長く、永久と思えるほど長く続いた後、彼は初めて己以外の人間をみつけた。 蓮の花が意匠されている鈍い金色の台座の上に座している。その人物に、確かに見覚えはあるのだが名前はてんで思い出せぬ。 耳あたりまでの黒髪、前髪はざんばらで、眉上にかかっている。その真下に位置するは閉じられた瞳。 美しいラインが通う鼻筋、口元には笑みが読み取れる。誰だ。彼の思考は動かない。観察者の如く瞳だけが動く。 明らかな既視感はこの場合何の役にもたつまい。既視感は混沌と化し常に流動的なのだ。形を伴わせるのはひどく困難な作業でしかない。 すまんが…彼が遠慮がちに呟いた言葉に反応したのだろう、腕がわずかにあがり、その末端腕から掌、そして指。 短めに切り揃えられた爪、長い指、太くも細くもない完璧なバランスを持った人差し指が下を指し示した。 彼はようやく不可思議な気持ちに捕われた。世界は闇一色、闇以外は何も見えなかったのだ。 数刻前までは。己の形すら見えぬ、そんな中で指し示す指の形が分かる訳がなかったのだ。 それにも関わらず目の前の人物の色も形も確かに瞳に再生されている。何故だ。頭を抱えると自然と指が指す方向を見ることになる。 そこには穴があった。まっすぐに伸びる道でしかなかったはずなのだが、確かに大きく開いた穴がある、直径で三メートル程の大きさだろう。 先に進む以外に何も分からぬ彼はどうにかして穴を避けけようと考えた。裏道も分かれ道もない。 どうにかして目の前の穴を越し、唯一の道を歩まなくてはならないのだ。これしかないと。 だいぶ原子的であるとは思ったが、己の身体と視線の先の人物以外に物質は見つからないのだから、道具を駆使する事などは不可能。+ 彼は穴から離れ、大きく息を吸うと地面を蹴った。助走を付け、走り幅跳びの要領で穴を飛び越そうとしたのだ。 彼の身体能力は優れていたのだろう、その穴ならばどうにか飛び越せるようであった。 だが、ありえるわけがないこのような事が起きる訳が・・・起きる訳が。常識など一瞬で瓦解する、突如として穴の直径が広がっていくのだ! 飛び越せるわけがない、穴が広がる速度が驚異的に増していく。飛び越せるわけがない、地面を求め、空中に浮く足がもがいている。 醜くもがく。無駄な労力だ。落ちていくのだ、黒い黒い深い穴に。意識が飛ぶ。視界が白に染めかえられる。 花びらが吹きすさんでいるのだ一枚一枚が粉雪のように。 そして黒は、白になった。 真っ白な天井が目に痛いほど迫ってくる。黒くない。清潔すぎる人工の白だ。天井だとわかるのは蛍光灯が見えるからだ。 終 |
彼の色彩が息を吹き返す。 |
チバ ユラさんから頂いた真柳小説です。 真柳に飢える私に誕生日プレゼントに下さいました。有難う御座います! しかも柳→菩薩設定。菩薩!菩薩!!(興奮) 独特の雰囲気に文体が凄くあってらして。これでご飯が3杯は食べれます。 チバ ユラさん、本当に有難う御座います。 |